2009年06月18日

参考文献

『日本教育史資料』貳・九(文部省、明治二十五年)
『日本庶民教育史』上・中・下巻(乙竹岩造、昭和四年、目黒書店)
『富山県教育史』上巻(富山県教育史編纂委員会、昭和四十六年)
『自天保至安政 塾寺子屋の概況』(辻意川、明治三十九年四月、窪美昌保蔵)
『富山県史』通史編W近世下(富山県、昭和五十八年)・X現代上(昭和五十六年)
『富山県史』史料編W近世中(富山県、昭和五十三年)・X近世下(昭和四十九年)・Y近代上(昭和五十三年)
『人づくり風土記』(農山漁村文化協会、平成五年)
『越中百家』上巻(富山新聞社編、昭和四十八年)、下巻(昭和四十九年)
『富山県の歴史と風土』(越中風土記刊行会、昭和五十二年、創土社)
『富山県の教育史』(坂井誠一、高瀬保編、昭和六十年、思文閣)
『越中史略』(篠原久太郎編、明治二十八年、學海堂)
『改訂増補 郷土數學』(田中鉄吉、昭和十二年、池善書店)
『富山県薬業史』通史(富山県、昭和六十二年)
『富山県薬業史史料集』上巻(高岡高等商業学校、昭和十年、岡書院)
『富山の寺社』(梅原隆章・北沢俊嶺監修、昭和五十三年、巧玄出版)
『学国越中』(富山別院開創百周年記念出版『学国越中』編纂委員会、昭和五十九年、永田文昌堂)
『書道辞典』(飯島春敬編、昭和五十年、東京堂出版)
『富山書道文人名鑑』(村澤城山、平成十年、美術骨董全国大会本部事務局)
『富山県書道人志5』(宮崎重美編、平成十三年、富山県書道人志刊行委員会)
『越中の明治維新』(高井進、昭和六十一年、桂書房)
『肯搆泉達録』(野崎雅明、復刊昭和四十九年、KNB興産株式会社)
『加賀郷土辞彙』(日置謙、昭和十七年、金沢文化協会)
『石川縣史』第三編(石川縣、昭和十五年)
『稿本金澤市史』學事編第一(金澤市役所、大正七年)、第二(大正八年)
『加越能維新勤王史略』(中田敬義編、昭和五年、加越能維新勤王家表彰会代表木越安綱)
『富山県姓氏家系大辞典』(富山県姓氏家系大辞典編集委員会、平成四年、角川書店)
『富山県の地名』(平凡社、平成六年)
『郷土に輝く人びと』各巻(富山県、昭和四十四年、四十五年、五十年)
『地図の記憶〜伊能忠敬越中測量記〜』(竹内慎一郎、平成十一年、桂書房)
『礪波教育八十年史』(礪波教育八十年史刊行会編集部、昭和三十一年)
『城端町北野郷土史』(北野地区振興会、昭和五十二年)
『雄神村誌』(畑六次郎、大正十三年)
「青島村郷土史」(青島尋常小学校、大正五年)
「種田村誌」(福野町立図書館所蔵、大正七年)
『平村史』(平村史編纂委員会、上巻昭和六十年、下巻昭和五十八年)
『越中五箇山平村史』上巻(平村史編纂委員会、昭和六十年)
『上平村誌』(上平村役場、昭和五十七年)
『上平村教育八十年畧史』(上平村教育委員会、昭和三十年)
『利賀村史2』近世(利賀村史編纂委員会、平成十一年)
『庄川町史』下巻(庄川町史編纂委員会、昭和五十年)
『青島小学校史』(青島小学校史編纂会、昭和四十三年)
『井口村史』上巻、通史編(井口村史編纂委員会、平成七年)
『福光町史』下巻(福光町、昭和四十六年)
『福光小学校誌』(福光小学校誌編纂委員会、昭和五十二年)
『福野町史』(福野町役場、昭和四十九年)
『福野町史』通史編(福野町史編纂委員会、平成三年)
『野尻村史』(東礪波郡野尻村役場、昭和四年)
『野尻校史』(野尻校史刊行会、昭和四十四年)
『広塚村のあゆみ』(福野町、昭和四十七年)
『福野町のいしぶみ』第二集(福野町教育委員会、昭和六十年)、第三集(昭和六十二年)、第四集(平成元年)
『城端町史』(城端町史編纂委員会、昭和三十四年)
『天文暦学者西村太冲伝』(河崎倫代、平成十三年、城端町教育委員会)
『城端俳史と俳人伝』(西川栄一、昭和四十九年)
『碑調査報告書』(城端町教育委員会梨の木グループ、昭和五十九年)
『井波誌』(宇野次四郎、昭和十二年、町立井波図書館館友会)
『井波町史』上巻(井波町史編纂委員会、昭和四十五年)
『山田村史』上巻(山田村史編纂委員会、昭和五十九年)
『富山県西砺波郡紀要』(富山県西礪波郡役所、明治四十二年)
『礪波市史』(礪波市史編纂委員会、昭和四十年)
『礪波市史』資料編5集落(平成八年)
「出町史資料」(砺波市立図書館所蔵)
『礪波市の石碑』(礪波市教育委員会)
『礪波市に映える人びと』(礪波市教育会、昭和五十年)
『下山田村誌』(大木和平、平成三年)
『庄下村史誌』(庄下地区自治振興会、昭和五十四年)
『礪波市若林村史』(野原勇蔵、昭和三十九年、礪波市若林自治振興会)
『中野村史』(中野村史編纂委員会、平成十三年)
『南般若村誌』(南般若村誌編纂委員会、平成二年)
『柳瀬村史』(柳瀬村史編集委員會、平成十二年)
『栴檀山村史』(栴檀山村史編集部、昭和五十一年)
『五鹿屋校史』(五鹿屋小学校史編集委員会、昭和六十年)
『太田村史』(太田村史編纂委員会、平成三年)
『正得村史料』(西礪波郡正得村役場、昭和七年)
『石堤村誌』(西礪波郡石堤村役場、大正六年)
『百年のあゆみ』(高岡市立石堤小学校、平成四年)
『福岡町史』(福岡町史編纂委員会、昭和四十四年)
『乎乃郷の今昔』(山本善次、昭和六十三年)
『小矢部市史』下巻(小矢部市史編集委員会、昭和四十六年)
『小矢部のいしぶみ』第一集(小矢部市教育委員会、昭和六十一年)、第二集(平成三年)、第四集(平成五年)、第九集(平成九年)、 第十集(平成十年)、第十一集(平成十一年)、第十二集(平成十二年)、第十三集(平成十三年)、第十五集(平成十五年)『水島村史』(水島村史編纂委員会、昭和三十三年)
『荒川郷土史』(荒川郷土史編纂委員会、平成五年)
「幕末・明治の藩校と寺子屋、塾」(青嶋喜良、小矢部市立石動図書館)
『越中二塚史』(越中二塚史刊行委員会、昭和六十年)
『下島郷土誌』(下島郷土誌編纂委員会、平成七年)
『贈従五位五十嵐篤好翁事歴』(東五位村頌徳會)
『中田町誌』(中田町誌編纂委員会、昭和四十三年)
『郷土誌』(中田尋常小学校、大正六年頃)
『戸出史料』(戸出村、大正八年)
『戸出町史』(戸出町史編纂委員会、昭和四十七年)
『戸出町教育史概要』(西礪波郡戸出小学校、昭和二十八年)
『北般若村郷土誌』(棚田与吉編、大正四年、東砺波郡役所)
『吉江山願性寺』(浅香幸雄、昭和五十五年)
『射水郡志』上・下巻(射水郡役所、明治四十二年)
『いみずの神社・寺院』(射水地区広域圏事務組合、平成十二年)
『氷見市史』(氷見市史編修委員会、昭和三十八年)
「氷見市史』(氷見市史編さん委員会、平成十八年)
『氷見教育百年史』(氷見教育百年史編纂委員会、昭和四十七年)
『氷見百年史』(氷見市、昭和四十七年)
『氷見郡志』(氷見郡役所、明治四十二年)
「越中国射水郡姿村、広沢家文書」(深井甚三、広沢睦子『富山大学教育学部紀要A-33』昭和六十年三月)
『應響雑記』上(田中屋権右衛門、刊行平成二年、桂書房)
『近世越登賀史料』第一(深井甚三郎編、平成四年、桂書房)
『平成三・四年度 氷見市寺社調査報告書〜浄土真宗本願寺派の部』(氷見市寺社所蔵文化財調査委員会編、氷見市教育委員会刊行)
『図説氷見の歴史・民俗』(氷見市教育委員会、平成十五年)
『氷見の先賢』第一集(「氷見の先賢」編集委員会、昭和五十年)
『氷見の譜』(嶋尾正一編、昭和四十二年)
『氷見町史考』(宮永善二、大正十三年)
『宮永家歴史』(宮永善二、大正十年)
『速川村史』(速川村史刊行委員会、昭和六十二年)
『速川史記』(安達長次郎、昭和三十六年)
『私達の集落 作道』(作道郷土史編纂委員会、平成元年)
『堀越村史』(堀越村役場、昭和十五年)
『しちみの郷土史』(七美郷土史編纂委員会、昭和五十八年)
『片口校誌』(片口小学校創立百周年記念事業実行委員会、昭和四十九年)
『越中の偉人石黒信由』(新湊市博物館、昭和六十三年)
『石黒信由事蹟一斑』(石黒準太郎、明治四十二年)
『算学鉤致』上・下(石黒信由、文政二年、水玉堂)
『算学鉤致解術』翻訳版・復刻版(石黒信由、訳註吉田柳二、平成十二年、桂書房)
『西藤平蔵村誌』(西藤平蔵村誌編纂委員会、平成十六年)
『高岡市史』中・下巻(高岡市、昭和三十八年)
『高岡の町々と屋号』創刊号〜第七号(高岡旧町諸商売屋号調査委員会、平成五年より)
「越中義塾規則」(高岡市立中央図書館所蔵)
『高岡史話〜庶民の歴史〜』(柿谷米次郎編、昭和四十年、高岡史壇会)
『高府安政録』(中条屋六郎衛門、安政六年二月、高岡市立中央図書館所蔵)
『射水通覧』(中条屋六郎衛門、明治十四年八月、再刊高岡市史編纂委員会、昭和三十四年)
『高岡中学・高岡高校百年史』(高岡高等学校百年史編集委員会、平成十一年)
『高岡史料』上巻、下巻(高岡市、明治四十二年)
「高岡史料編纂資料、教育ノ下ノ二下調」(高岡市立中央図書館所蔵)
『高岡詩話』(津島北渓、昭和二年、篠島先生頌徳会印行)
『高岡叢話』(石崎謙)
『立野郷土史』(立野郷土史編纂委員会、平成六年)
『南条〜歴史と教育』(南条〜歴史と教育編纂委員会、昭和四十九年)
『成美小学校九十年史』(成美小学校史編集委員会、昭和四十七年)
『守山小学校史』(守山小学校、昭和四十八年)
『下関小学校百年のあゆみ』(下関小学校、昭和四十九年)
『ふるさとと学舎の歩み』(能町小学校、平成二年)
『伏木小学校〜学校と子どもの90年史〜』(伏木小学校、昭和三十八年)
『牧野小学校百年史』(牧野小学校百年史編纂委員会、昭和五十二年)
『高山雑記』(大橋二水、昭和十年)
『古城の社〜郷土雑纂』第三編(太田久夫、平成八年)
『二水遺稿』(瀬野喜太郎編、昭和二十四年、高岡女呉分の今社)
『津田家と高峰譲吉』(津田俊治編刊、平成七年)
『高峰譲吉の生涯〜アドレナリン発見の真実〜』(飯沼和正・菅野富夫、平成十二年、朝日新聞社)
『逸見舫齋傳』(逸見文綱編・発行、大正十三年)
『蘭学、その江戸と北陸〜大槻玄沢と長崎浩斎〜』(片桐一男、平成五年、思文閣出版)
『鳥山敬二郎行状録』(鳥山保、昭和四十九年)
『算學稽古記』復刻版(林五郎兵衛義清、昭和二十八年)
『大門町史』(大門町、昭和五十六年)
『大門町歴史の道調査報告書』(大門町役場、平成六年)
『わたしたちの浅井』(大門町立浅井小学校、昭和六十三年)
『稲垣示物語』(櫻木成一著・発行、昭和五十年)
『大島村史』(大島村役場、昭和三十八年)
『大島町史』(大島町教育委員会、平成元年)
『大島の教育百年』(大島教育百年史、昭和四十九年)
『小杉町史』(小杉町役場、平成九年)
『寺子屋の歴史と小杉町の寺子屋時代』(小杉町図書館)
『郷土教育資料』bQ(郷土教育研究会小杉区域小学校、昭和八年)
『小杉町の先人を偲んで』(島木萬四郎著・発行)
『小杉町のいしぶみ』第一集(小杉町教育委員会、平成四年)、第三集(平成六年)
「吾郷旧記」下巻(小杉町立図書館所蔵)
『越中石川家史』(石川旭丸、昭和五十一年)
『中老田郷土史』(中老田郷土史編集委員会、昭和五十四年)
『下村史』(楠瀬勝監編、昭和六十一年)
『郷土史萩の野之下邑』(下村尋常小学校、昭和八年)
『富山縣中新川郡教育史』(富山縣中新川郡教育会、昭和十五年)
『下新川郡史稿』上巻・下巻(下新川郡役所、明治四十二年)
「安政六年諸商売取調理書上申帳 新川郡」『富山県史』W近世中付録
『追録 宇奈月町史』歴史編(宇奈月町史追録編纂委員会、平成元年)
『宇奈月町の文化財』(宇奈月町教育委員会、昭和四十七年)
『朝日町の歴史』(朝日町教育センター、平成八年)
『宮崎村の歴史と生活〜舟と石垣の村〜』(宮崎村史編纂委員会、昭和二十九年)
『黒部市教育の百年』(「黒部市教育の百年」編集委員会、昭和四十八年)
『黒部市史』歴史・民俗編(黒部市、平成四年)
『黒部市誌』(黒部市、昭和三十九年)
『黒部市荻生村郷土史』(森田良作、昭和五十五年)
『黒部奥山史談』(湯口康雄、平成四年、桂書房)
『大布施村誌』(大布施村誌編集委員会、昭和六十年)
『東布施村誌』(東布施村誌編纂委員会、平成六年)
『魚津市史』上・下巻(魚津市役所、昭和四十三年)、史料編(昭和五十七年)
『魚津町誌』(魚津町役場、明治四十三年)
『魚津區域郷土讀物』(堀内丈造、昭和十二年、魚津區域国語教育研究部)
『滑川町誌』上巻(滑川町役場、大正二年)
『椎名道三伝』(高橋政二、昭和六十二年)
『入善町誌』(入善町誌編纂委員会、昭和四十二年)
『片貝郷土史』(片貝郷土史編集委員会、平成九年)
『ふるさと再発見〜昔在の村落と郷土芸能〜』(大山町昔在の村落及び郷土芸能調査保存会、平成六年)
『上市町誌』(上市町誌編纂委員会、昭和四十二年)
『大岩小史』(大岩公民館、平成四年)
『白萩小史』(石原与作、昭和三十年、白萩小学校)
『立山町史』下巻(立山町、昭和五十九年)
『五百石地方郷土史要』(五百石地区小学校長会郷土史研究部、昭和十年)
『越中立山古記録』第三巻(廣瀬誠、平成三年、立山鉄道株式会社)
『筆魂翁久允の生涯』(稗田董平、平成六年、桂書房)
『東中野新史』(石原与作、東中野新史刊行委員会、昭和四十九年)
『舟橋村誌』第2編(舟橋村、昭和三十八年)
『細入村史』通史編(細入村史編纂委員会、昭和六十二年)
『大沢野町誌』下巻(大沢野町誌編纂委員会、昭和三十三年)
『熊野郷土史』(熊野郷土史編纂委員会、平成元年)
『新保村郷土誌』(新保校下自治振興会、昭和六十年)
『蜷川の郷土史』(蜷川校下史編纂委員会、昭和四十三年)
『広田郷土史』(広田校下自治振興会、平成八年)
『神明郷土史』(神明校下富山市合併五〇周年記念誌編集委員会、平成六年)
『新庄町史』(新庄校下自治振興会、昭和五十年)
『水橋町郷土史』第二巻(水橋町役場、昭和四十一年)
『富山縣婦負郡教育史』(婦負郡教育会、昭和四年)
『越中婦負郡志』(婦負郡役所、明治四十二年)
『婦中町史』通史編(婦中町史編纂委員会、平成八年)
『ふるさと碑と拓本』(婦中町教育委員会、平成元年)
『八尾町史』(八尾町史編纂委員会、昭和四十二年)
『続八尾町史』(同右、昭和四十八年)
『八尾史談』(松本駒次郎、昭和二年、松本商店)
『仁歩村郷土誌』(八尾町、平成九年)
『野積村史』(婦負郡野積村役場、昭和八年)
『富山市史』(富山市役所、明治四十二年)、第貳編(大正三年)
『富山市史』上・下巻(富山市、昭和四十二年)
『富山市史』第一巻(富山市史編修委員会、昭和三十五年)
『長岡の郷土史』(長岡の郷土史編纂委員会、昭和四十一年)
『呉羽の里』(呉羽地区自治振興会、昭和五十八年)
『寒江のれきし』(高瀬保、昭和三十四年、寒江小学校)
『富山柳町のれきし』(柳町郷土史編纂委員会、平成八年)
『奥田郷土史』(奥田郷土史編集委員会、平成八年)
『四方郷土史話』(布目久三、昭和五十六年)
『西岩瀬郷土史話』(布目久三、昭和六十二年)
『東岩瀬史料』(東岩瀬郷土史編纂委員会、復刻版昭和五十二年)
『月岡郷土史』(月岡郷土史編集委員会、平成三年)
『東岩瀬郷土史 近代百年のあゆみ』(東岩瀬郷土史編纂会、昭和四十九年)
『弁才船と加賀藩海運』(清水幸一、桂書房、平成二十一年)
『富山藩の文化と産業展』(富山市郷土博物館、平成元年、富山市教育委員会)
『富山藩侍帳』(高瀬保編、昭和六十二年、桂書房)
『富山藩士由緒書』(新田二郎編、昭和六十三年、桂書房)
『柳原草堂』(内山弘正、前仏勇、昭和五十七年、新興出版社)
『図翁遠近道印〜元禄の絵地図作者』(深井甚三、平成二年、桂書房)
『小西有實・小西有義兩先生建碑記念帖』(小西両先生遺徳碑建設事務所)
『呉陽遺稾』上・下(岡田信之、大正六年、岡田正之発行)
『凡山遺集』乾・坤(杏甲子次郎、明治二十六年、吉川半七発行)
『林忠正とその時代〜世紀末のパリと日本芸術〜』(木々康子、昭和六十二年、筑摩書房)
『昌平校と藩学』(和島芳男、昭和三十七年、至文堂)
武藤元信「舊藩の學校」『三州史料』第壹冊(加越能史壇会、大正六年)、第貳冊(大正七年)
小松外二「幕末・明治に生きた人物二題」『水橋の歴史』第二集(水橋郷土歴史会)
高瀬重雄「藩儒岡田呉陽の人と学芸」『富山史壇』第五十・五十一合併号(越中史壇会、昭和四十六年八月)
石田与作「富山藩の藩学校」同右
広田寿三郎「明治のはじめ小学校の学校制度が確立するまで〜魚津市立大町小学校の場合」『富山史壇』第四十四・四十五合併号(昭和四十四年十二月)
前田英雄「富山県の寺子屋の概況」『富山史壇』第七十八号(越中史壇会、昭和五十七年三月)
大西紀夫「越中の漢詩人〜東林とその交遊〜」『研修年誌』第十〜十七号(富山女子短期大学、昭和五十六年から)
中村彰彦「捜魂記」『諸君!』平成十五年三月号
西尾幹二「江戸のダイナミズムI」『諸君!』平成十五年四月号
『加賀藩・富山藩の天文暦学』(富山市科学文化センター、昭和六十二年)
『続和算を教え歩いた男』(佐藤健一、東洋書店、平成十五年)
『ふるさとの心 宮永家譜誌』(小矢部市教育委員会、昭和五十九年)
『筏井四郎右衛門と自然登水車〜わが国江戸時代文化年間の永久機関』(正橋剛二、平成三年)
『富山藩十村嶋倉家文書』(高瀬保編、昭和六十年)
『富山縣統計書』(富山県、明治二十三年〜四十四年)
「和田一郎収集史料」(高岡市史編纂室所蔵)
「佐渡家文書」(高岡市立中央図書館所蔵)
渡辺誠「石黒伸由考案の磁石盤の特徴とバーニア目盛りについて」『富山史壇』第百四十号(平成十五年三月)
楠瀬勝「江戸時代末期の郷紳の学問と技術の文化的・社会的意義〜石黒信由遺品等高樹文庫資料の総合的研究」『富山大学人文学部紀要』第五号(富山大学人文学部、昭和五十六年)
水間直二「吉田鉄郎と五島寛平」『近代史研究』第十八号(富山近代史研究会、平成七年)
正橋剛二「各地医学塾門人帳中の越中人」『近代史研究』第十八号(富山近代史研究会、平成七年)
正橋剛二「続・各地医学塾門人帳中の越中人」『近代史研究』第二十号(平成九年) 
正橋剛二「江戸後期高岡見在蘭語関係医事資料について」『近代史研究』第二十五号(平成十四年) 
正橋剛二「長崎敬明の法橋允許(印可)状をめぐって」『醫譚』第六十八号(平成七年五月)
正橋剛二「『長崎蓬洲の年譜』について」『醫譚』第六十九号(平成七年十一月)
正橋剛二「長崎浩斎稿『未曽欺録』について」『醫譚』第七十七号(平成十三年七月)
正橋剛二「適塾門人佐渡賢隆と『蘭訳千字文』」『適塾』第三十四号(平成十三年十二月)
舘秀夫「高岡の優れた先人」『高岡市医師会記念誌』(高岡市医師会、昭和五十九年)
寺畑喜朔「佐渡家の阿波加脩造について」『北陸医史』(平成三年)
寺畑喜朔「長崎家六代言定に関する資料」『醫譚』第八十三号(日本医師学会関西支部、平成六年五月)
太田久夫「高峰家と高峰譲吉」『北陸医師』第十八巻第一号(平成九年)
津田進三「杉田玄白門人高峰幸庵について」『日本医師学雑誌』第四十一巻第二号(平成七年五月)
橋場吉盛「木町の稲荷信仰と大橋家の歴史」(平成四年)
※その他、本文中に適宜記載


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寺子屋一覧

地域 師匠名 創立 閉鎖年 寺子数 指導教科 備考
砺波市 旧砺波市域
出町   中町 高畠文伯 医者 三十余名 読 書
東町 佐藤家 組合頭 二代
同右 稲垣武平 薬種商
西町 八木善摂 教宗寺 読 書
南町 杉野加兵衛 苗加屋
同右 高橋重之助(足軽)の妻女
鷹栖出 小鍛健斎 藩政後期
西中 中西与市郎
狐島 紫藤々兵衛
五郎丸 余西家 読 書 佐久平が32年間在職
同右 中居三郎 安政 通計四十余名 農閑期
荒高屋 小幡増右衛門 通計百余名 農閑期、余西門人
同右 柏樹三郎右衛門 中流家庭以下
同右 小幡宗平 明治3〜4年 通計二十余名
同右 上田謙斉 医者、小幡増水(増右衛門実子) 読 書(小学・四書五経) 上流家庭
鹿島 宮崎小左衛門
野村島 桃井皐元 医者 読 書 算 農閑期
同右 水野達治 明治5年 同17年 桃井門人
同右 河合三介
五鹿屋 鴨居次左衛門
新明 川田七四郎 書
同右 清原庄兵衛
福岡 西脇興顕 厳照寺
太郎丸 堀田与平 肝煎役
同右 小野惣二 組合頭
神島  中神 加藤佐左右衛門 山廻
同右 河合多母津 神職 三十余名 読 書
同右 遠藤喜三郎 副戸長 明治前後
高波 江波 朝日専慶 真行寺 明治
頼成 瀬成恢憐 西慶寺 明治前後 読 書
東保 菅野権右衛門 農業 明治前後 読 書
同右 長久太郎吉
鷹栖 小倉孫左衛門 農業 天保 六十名 読 書 四書五経
同右 小倉定見 眼科医 文政 数十名 書
石丸 吉田和右衛門 安政頃 明治初年
秋元 松本伝七郎 明治前後 読 書 算
五谷 山本(小谷家) 読 書 盲人
寺尾 太郎右衛門
栃上 吉田長右衛門
柳瀬 斉藤宗庵 医者 明治初年
太田 玄照 蟻術庵 専念寺 明治初年 読 書 算
同右 金子宗右衛門 村役人 明治初年
中野 藤井四右衛門 村役人 藩政後期
同右 藤井長太郎 明治初年
同右 南部喜右衛門
同右 水上与三兵衛 肝煎
同右 喜左衛門 寄肝煎
同右 藤井彦三郎
同右 水上理平 村役人 藩政末期
同右 飯田次右衛門
庄下 宗八 藩政末期
高道 善兵衛 書 修身 三代
矢木 喜左衛門
宮村 喜右衛門
芹谷 松田快禅 明治初年 数百名 読 書 算 河合平三門人
日詰 杉下碧 医者 明治初年
旧庄川町域
東山見 光照寺
同右 但田九左衛門 村役人
同右 川島弥平 村役人
同右 岩本九蔵 村役人
同右 南部源三郎 村役人
同右 安達源十郎 村役人
青島 大伴岳陽 医者 明治初年 読 書
同右 斉藤家 村役人 冬季九十名
同右 沖田兵吉 明治初年 二十名
金屋西野々地 森田助七
雄神 藤井家 雄神神社 文化 明治初年 三十余名
五ケ 寺井平右衛門 肝煎 明治初年
天正 土居野三六 商人 明治初年
高儀新 新井覚四郎 村役人 明治初年 明治6年 読 書 自宅を高儀小学校とする
三谷 西蓮寺 書
南砺市 旧福野町域
福野町 岡田七郎兵衛 紺屋 天保
同右 長岡助右衛門 長源寺屋 安政 明治初年 三十〜四十名
同右 福富家 町役人 天保 数十名 書 四書五経 二代
同右 柴田元寿 医者 安政頃
浦町 五島家 鷹栖屋薬舗 明治初年 四十〜五十名 読書 四書 謡曲 生花 絵等 四代
野尻 河合喜世志 神職 天保 明治6年 読 書
同右 勝田吉治 村役人 明治6年 書 苗加村等でも開講
同右 河合増林 等覚寺 天保 書
同右 大坪多門 村役人
高儀 新井伊左衛門 組合頭役 安政 明治6年 書
石田 安達弘音 空泉寺、神能四郎 文化初年 明治5 月交替で師匠
下吉江 村元甚蔵 安政 明治初年
江田 片山源右衛門 医者 安政 明治初年
安居 森田玄成 医者 安政 明治初年 俳諧も教える
三清 武部和尚 安政 明治初年 俳諧も教える
上川崎 古瀬佐兵衛 文化 明治初年
苗島 河辺次郎左衛門 肝煎 藩政末年 書 算
同右 河辺純三 農業 明治年間 読 書
旧福光町域
福光町 片山重助 江田屋 安政元年 慶応2年 書 絵
同右 氏家庄助 書 算
同右 石崎清右衛門 書
同右 松村久右衛門 書
同右西町 富田氏 曲師屋 書
同右 印牧春斉 書 石動出身
祖谷 庵芳運 本敬寺 明治3年 明治5年
広瀬村 真敬寺
同右 教念寺
旧城端町域
城国寺 有川文助 男女 書 算
宗林寺 佐伯直吉 明治初年 読 算 他
南山田金戸 専徳寺
同右 是安神社
山田 寛貢 僧侶 書 算 俳句
北野 利波豊賢 海乗寺 弘化 安政頃 読 書 算 四書
旧井波町域
八日町 宇野甚之助 塩屋 読 書
北川 岩倉仁兵衛 坪野屋
谷 亀田三郎平衛 天保頃 読 書
清玄寺 亀田家 村役人 天明 明治初年 三代
山見八幡宮 山森一麿 神職 明治6年 書
高瀬 久蔵 村役人 明治初年
今里 箭原家 明治初年 二代
西院瀬見 前川伊左衛門
飛騨屋 斉藤八郎
栂野先生碑 明治二十九年に岩屋で建てられたが、現在町内に同姓の家が無いためよく判らない。
旧井口村域
井口 恵実 光徳寺 男 読 書
池尻 真光寺
川上中 前川氏
旧平村域
下梨 宇野甚之助 瑞願寺 明治3・4年頃 男十数名 読 書 算 井波から出張
中畑 高江弥三郎 医者 明治3・4年頃 男四名
大島 称名寺 男十数名
同右 嘉平 谷中宅 明治3・4年頃 男多数
高草嶺 綿貫氏 明治3・4年頃 男
入谷 斉藤氏 明治3・4年頃 男
下出 山下弥兵衛 明治3・4年頃 男
流刑人 林与八郎、桑原君(甚)平、矢木清四郎、横井大次郎、室嶋屋四郎右衛門など
旧上平村域
西赤尾 道宗鳳龍 行徳寺 明治9年 四名 読 書 四書五経
同右 水上久左エ門 明治10年 同11年 四名 読 書 漢籍
細島 生田長四郎 村役人 明治6年 同11年 読 書 算 道宗門人
同右 中谷豊平 医者 明治初年 読 書
小矢部市
福町上町 松波喜平 薬種商 明治初年 読 書
新町 駿河氏 医者
上新町 小塩祐雄 聖泉寺
上神田町 高瀬五左衛門 足軽留書
鉄砲町 榊原氏 神職 熊野神社神主元職
元門前町 村上真澄 光雲寺 兄弟
中新町 砂田有信 三十〜四十名 読書 漢籍
紺屋町 藤田屋 後にお針屋
旭町 高瀬定久 足軽 天保頃
神明 幸作 御鷹巣見役 明治前後
五社 長平 十村手代 明治前後
七社 大谷家 医者 明治前後 読 書 算
芹川 日光孫兵衛 十村手代 肝煎 文久
同右 長岡玲造 神職 明治22年
鷲島 住田家 医者 読 書 算 二代
水島 長谷川家 神職 文政5年 明治初年 嘉永頃 八百七十名 二代
同右 加茂家 十村手代 明治前後 冬季二百名 読 書 二代
同右 加茂青翠 十村手代 五十〜六十名
同右 沼田直次郎 弘化 明治初年
同右 篠岡与四郎 十村手代 明治初年
同右 筱岡貞次  明治初年 加茂家門人
同右 西蘭斉 医者 読 書
同右 庄右衛門 書 加茂家か
千石 大野八兵衛 天保 嘉永 読 書
下後亟 万明寺(万福寺) 明治前後
南谷 安楽寺 明治10年 同12年
岩崎 丸山彦十郎 肝煎 明治前後
西島 光西寺 明治中頃
同右 大野知賢 報恩寺 明治初年 読 書
平田 島谷長次郎 戸長 明治初年
同右 川口斎孝 明治14年 読 書 算
小神 宮五右衛門長二 明治初年
興法寺 浄教寺 明治中頃 二代
金屋本江 長田茂太郎 十村 書
同右 柏卯三郎 書 茂太郎門人
同右 長澤良庵 医者 明治初年 書
福町村 新屋与右衛門 明治初年 読 書 算
薮波 伊藤氏
高岡市 旧高岡市域
源平板屋町 笹原家 絹屋 明治23年 二百五十余名 読 書 三代
片原町 神子高たか 大福院 天保4年 明治19年 女二百余名 読 書 女寺子屋
同右 金谷家 金屋 明治11年 読 書 謡曲 二代
木町 加納屋 町肝煎 文化 慶応3年 町内の大半 書 算 二代
同右 吉田彦三 氷見屋 町肝煎 明治7年 読書算 謡曲
同右 鳥山屋次郎兵衛 肝煎 文化前後 読 書
横田町 上田家 有磯神社 明治6年 読 書 三代
同右 塩崎家 指物屋 明治初年 二百〜百余名 他に絵謡茶俳 四代
定塚町 飴屋六左衛門
同右 大沢七兵衛 飴七屋
坂下町 朱屋源左衛門 町肝煎 文久3年
一番町 高原屋義右衛門 明治初年
千石町 山谷和平 山屋
同右 新屋清吉 横田屋
同右 嶋屋宗七
同右 柳浦津平 柳浦屋
通町 有坂源吾 吉野屋 藩政末年 明治初年 元加賀藩士
御馬出町 桑山家 梅染屋 二代
利屋町 寺田屋
木舟町 増山屋九左衛門 文化前後
鉄砲町 杉山文吉
川原上町 湶屋半左衛門 元高崎藩士
上佐野 野田興顕 大永寺 明治6年
同右 龍田周造 明治6年
荒見崎 榊原家 神職 明治初年
伏木 山谷幸 文久3年 明治5年
同右 村田三郎 弘化元年 明治24年 読 書 算 明治5年一旦閉
守山 上坂五平 元治元年 安政元年
同右 松島理平 文久2年 慶応3年
同右 加藤源之進 明治元年 同5年
西二塚 与三治郎 天保6年 明治5年
同右 高尾家 白山社神職 明治5年 累代
同右 大坪正三 山廻 安政5年 明治5年
林新 桜井法順 顕証寺 文久2年 明治5年
黒田 宗兵衛 貞享 元禄 累代
能町 長谷川和七郎 御蔵番 天保 嘉永
同右 牧宗平 御蔵番 文久 明治5年 二代
同右 野口津次郎 御蔵番 明治前後
吉久新 若杉氏 商家
下牧野 東弘寺
上牧野 長福寺
中曽根 光徳寺
姫野 願乗寺 明治初年 書
石堤 尾崎家 医者 明治初年 書 二代
同右 雪象 長光寺 文政
中田 土倉家 天保6年 慶応初年 二代
同右 青江家 天保11年 明治初年 読 書 二代
戸出 北町 岡本久米吉 石丸屋 弘化
同右 東町 木下屋周造 医者
同右 尾崎善右衛門 古武屋背戸屋
同右 大野彌作
同右 石川友二 土佐守筆生 天保 明治初年 書 算 謡曲
同右 武田貞子 元治元年 明治初年 女六十〜八十名 読書 裁縫 茶道 女寺子屋
同右 菊池武邦 算用聞 藩政後期 読
北般若西部金屋 兵四郎 肝煎  明治2年 読 書 算
同右 常木大助 明治3年頃 同7年 読 書 算
同右 常木宇太郎 肝煎 明治3年頃 同7年 読 書 算
同右 林豊右衛門 明治3年頃 同7年 読 書 算
同右 落合 高畠次郎右エ門 肝煎 明治3年頃 同7年 読 書 算
同右 高畠庄左衛門 明治3年頃 同7年 読 書 算
同右 高畑仁兵衛 明治3年頃 同7年 読 書 算
是戸 竹村 法重 願性寺
醍醐 須田 南木恵雄 長念寺
同右 横越 野江文庵
立野 梅津善一 酒屋 明治初年 男百名 読 書
同右 尾山屋三右衛門
同右 室屋甚右衛門
同右 廣済寺 安政3年
同右 西念寺 明治初年
同右 竹内甚三郎 明治5年 三十名 夜学
旧福岡町域
福岡 朝順則 長安寺 明治6年 男女四十名以上 読 書 算
同右 岸野与平 十村手代 明治前後 男百〜五十名 読 書 井村医院宅
同右 清水町 西村太源 長安寺下寺 明治前後 読 書
同右 美濃屋治三郎 明治初年 三原賢二宅
小野 西照寺 明治初年
上向田 宝音 浄永寺 明治初年
赤丸 皆月太玄 明治初年 読 書
同右 神代貢 明治初年 書
栃丘 榊原氏 明治初年 金沢士族
渕が谷 田中能平 明治初年 金沢士族 夫婦で教授
氷見市
南上町 長沢六良兵衛 商家 読 書
中町 米屋文蔵
田町 朝日屋又三郎 専業 文政 三十名
加納町 糸屋 和泉屋 医者 明治40年 多数 読 書 三代
御座町 吉井家 高岡屋 薬種業 文政 明治初年 読書算 俳句漢詩 他町人に謡曲 二代
北新町 円照寺 書
朝日 上日寺 書
懸札 松金顕静 安専寺 明治6年 同8年 子息と共同
宇波 高野元礼 医者 天保 明治5年 読 書 算
姿 広沢周斎 戸長 天保元年 明治17年 総計四百四十名 読 書 算 明治10年小学校の扱い
薮田 屋敷磯右衛門 漁業 安政 明治7年 男女 読書算 謡曲
同右 浅野泰中 医者 書
飯久保 佐原久平 農業 明治初年 読 書
仏生寺 小谷露秀 広西寺 明治8年 読 書
惣領 藤光 安敬寺 明治8年 読書算 お針
中尾 竹里向岸 長楽寺 明治8年 同11年 書 算
中村 鷺森十遠 浄善寺 読書、俳華茶 滝山義浄門
池田 甘庶櫟堂 紹光寺 明治5年 読書 四書五経
床鍋 有坂兵九郎 農業 文化 安政 読 書
同右 北越伊左衛門 農業 安政 明治初年 有坂兵九郎三男
同右 武田楞耀 光楽寺 明治19年 読書、雅楽 北越伊左衛門を継承
葛葉 名苗竹次郎 明治初年
一刎 菅沢佐之助 農業 安政 明治初年 書 算
同右 高田三二 農業 慶応 明治初年 読 書 算
味川 釜田法輪 了瑞寺 明治8年 読 書 算
中波 大西彦右衛門 網元 明治2年 同7年 読 書
射水市 旧新湊市域
新湊町 室谷又治 明治初年 三代
同右 大磯家 往還寺 明治初年 二代
同右 中瀬家 明治初年 二代
同右 佐野家 菊屋 明治初年 百名
同右 専念寺 明治初年
野村 岡野周融 善休寺 嘉永元年 明治4年 読 書 算
殿村 宮原順吾 雲光寺 安政2年 明治5年
久々湊 石黒家 文化10年 明治5年 二代
作道 宮川直義 道神社神職 元治元年 明治4年
堀岡新 堺勘六 文化6年 天保14年
新明神 竹内要造 天保14年 明治5年 読 書 算
七美八島 松永氏 医者 安政 慶応2年
同右 橋田半左衛門 慶応2年 明治6年 書 農閑 夜間
片口 荒木田忠次郎 天保
高揚 堀川九郎平 嘉永
久々江 竹内弥十郎 慶応 明治初年
打出本江 表野尊遵 慶応 明治5年
同右 北川伝七郎 慶応 明治5年
同右 岡本助三郎 嘉永
海老江 井伊孫兵衛 明治初年
同右 前川安兵衛 明治初年
旧大島町域
小林 成川与次平 明治初年
中野 福田三右衛門 農業 明治初年 読書算 漢籍
北高木 礒部清九郎 明治初年
八塚 松田権右衛門
小島 杉丘伊佐雄 明治初年
新開発 石黒孫右衛門
同右 円海 円広寺 明治前後
旧大門町域
西町 折橋家 島屋 明治5年 百名 三代
田町 佐伯伝左衛門 文政2年 嘉永2年
錦町 朝山紋平 菓子屋 嘉永5年 明治6年
浅井 広上 田所市郎平 広教寺 明治初年
同右 同右 高橋九平 安政元年 明治5年
串田 松原 櫛田神社 安永7年 明治6年 書
同右 本村 大沢久左衛門 天保元年 弘化4年
同右 同右 櫛本誉浄 蓮光寺 弘化3年 安政6年
同右 布目沢 寺本吉二 村役人 安政5年 明治6年 不就学者のみ継続
同右 小泉 高橋家 寛政元年 明治5年
同右 荒町 加藤作右衛門 文政元年 天保6年
同右 宮川菖太郎 安政3年 明治5年
二口 米沢太平 明治初年
同右 佃貢 漢方医 農家 明治初年
同右 棚田 稲垣示 村役人 明治初年
水戸田 堀家 明治6年 三代
同右 高畠孫太郎 明治初年
同右 三山教潤 西方寺 明治初年
同右 本多斉聖 明徳寺
旧小杉町域
新町 三ヶ 若林家 藩政後期 二代
同右 同右 松長陶庵 開発屋 文政末年 天保 読 書 長福寺門弟
同右 同右 水上屋弥三郎 陶工 天保末年 元治 松長を継承
同右 同右 開発屋次郎兵衛
同右 同右 渋谷清二 松枝屋 慶応 明治初年
同右 同右 油屋長兵衛 文化末年 文政初年
同右 同右 塩屋助三郎 元治元年 慶応 書
同右 同右 山田屋 寛政初年
同右 戸破 富永延造 佐野屋 慶応 明治6年
同右 戸破 熊谷即翁 善立寺 天保末年
同右 戸破 守山屋清平 稲積屋 天保
同右 戸破 下条屋小七郎 慶応 明治初年
同右 同右 西野与兵衛 土代屋 天明
戸破新 金胎寺 明治初年
金山 横堀家 安政元年 明治5年
池多 松元泰造 明治初年
北手崎 山田托渡
二股(俣) 長福寺別庵
黒河神社前教秀塚 明治6年建立 人物不明
旧下村域
加茂 那須半左衛門 専業 天保 安政3年 男百数十人 書
同右 三澤吉郎 農業 文久元年 慶応元年 男 書 那須門弟
同右 関原九郎平 農業 文久元年 明治5年 男 書 那須門弟
同右 広瀬信道 農業 嘉永頃 男 読 書 夜学
同右 広瀬文哲 医者 明治初年 男 読書 小杉に移る
大白石 岩木太左衛門 農業 天保 安政 男 読 書 算
同右 竹脇甚五郎 農業 安政 男 書 岩木を継承
富山市 旧山田村域
宿坊 竹村家 十数名 読 書 冬季
小谷 蓮教寺 少数 読 書 冬季
鎌倉 田中八郎兵衛 明治初年 少数 読 書 冬季
小島 菅田家 明治6年 読書 冬季
白井谷 瀧野諦龍 康楽寺 明治7年 少数 読 書 算 冬季
旧細入村域
楡原 住吉家 明治初年 累代
同右 上行寺
庵谷 赤座家 吟味人 明治初年 読 書算 累代
猪谷 橋本家 関守 明治初年 読 書算 累代
同右 西禅寺
片掛 弘道 大淵寺 明治初年 読 書
同右 孝友 西念寺 明治初年 読 書
同右 円龍寺 明治初年
旧大沢野町域
笹津 広瀬仁右衛門 明治6年 書 算
上大久保 本修寺
下大久保 吉田玄周
岩木新 佐藤兵衛 書 算
須原 柳沢雲幢 浄光寺
土 斉藤哲勝 正福寺
葛原 原普照 教覚寺
同右 竹花安右衛門
同右 田作平兵衛
布尻出 治郎左衛門
薄波 坂田家
塩 大永寺
同右  光慶寺     藩政末期
小羽 村中家
芦生 法雲院
旧大山町域
福沢 徳林寺 明治6年 書
同右 東薬寺 明治6年 書
旧婦中町域
分田 野上惣平 元治 明治初年 男女十名
小倉 織田即水 永善寺 明治6年 合計八百五名 読 書
下条 武部家 光善寺 慶応 合計百余名 読書 漢籍 二代
羽根 若松家 医者 天保 明治6年 百余〜五十名 読書 漢籍 二代
同右 喜左衛門 男二・三十名 読 書 上流家庭
道場松原 舟木富彌 村役人 慶応2年 明治初年 四・五十名 読 書 父の一衛が代理で師匠
下轡田 浄福寺 十余名 読 書
上轡田 松原宗七郎 十余名 読 書
葎ケ原 谷太蔵治 天保
上井沢 龍沢芳流 西念寺 明治初年
音川 桜峠 仁兵衛 奥村與三七宅 二・三名 (読書)算 冬季のみ
同右 三ノ瀬 大権寺 二十名 読書 漢籍 冬季のみ
同右 外輪野 願念寺 二十名 読書 漢籍 冬季のみ
持田 吉野家 七・八名 読 書
同右 西岡善五郎 七・八名 読 書
同右 正栄寺 七・八名 読 書
同右 光得院 七・八名 読 書
同右 圓光寺 七・八名 読 書
長沢 光圓寺 天保末年 安政5年 三・四十名
同右 山下孫太郎 安政6年 明治2年 光圓寺門弟
同右 丸山忠三郎 明治初年 読書 漢籍 夜学
同右 秀澄 各願寺 安政 読書 漢籍 夜学
広田 万芸寺 明治初年 合計百三十一名
旧八尾町域
今町 佐々木左近 聞名寺 寛永9年 読 書 算
上新町 渡辺嘉兵衛 押上屋 寛永13年 読書算 謡曲
同右 池田三朗 小倉屋 慶応 明治6年頃 百余名 読 書 算
同右 廣橋屋 元禄4年 明治5年 男八十名 女二十名 読 書 算 明治四年調
下新町 泉権四郎 井浪屋 弘化 四十名 読 書 算
西町 糀屋源右衛門 安永8年 寛政 読 書 算
同右 大坪屋新右衛門 文化 天保頃 五・六十名 読 書算 糀屋門弟
同右 根辻屋嘉七 文化 天保頃 読 書 算
同右 金泉寺屋六兵衛 文化 天保頃 百名 読 書算 糀屋門弟
同右 辻屋 童集庵 寛永10年 明治5年 男八十五名 女八十一名 読 書 算 明治五年調
同右 上野直蔵 戯鐵庵 天保5年 文久元年 男百十五名 女三十一名 読 書 算 文久元年調
東町 能登屋儀平 文久 慶応 二百余名 読 書 算
同右 長谷川家 商人 寛延5年 明治6年 男百二十一名 女三十八名 読 書 算 明治五年調
同右 江木新次郎 通玄堂 文化3年 文久3年 男九十四名 女十八名 読 書 算 文久三年調
諏訪町 山田屋 元禄4年 明治5年 男八十名 女二十名 読 書算 明治四年調
上今町 大西家 乗嶺屋 元禄4年 明治5年 男八十名 女二十名 読 書 算 明治四年調
宮腰 宮腰甚四郎
大杉 横道米次郎
杉田 大浦氏
城生 青山祐亮 西勝寺
同右 長本日鏡 本長寺
大長谷庵谷 多田庄兵衛頼忠 関守 読 書
同右 庵谷 黒田忠蔵正義 関守 読 書
同右 中山 武藤氏 読 書
同右 東原 才善氏 書
同右 内名 中川氏 書
同右 島地 岩佐氏 書
同右 栃折 孫四郎 書
同右 同右 徳圓寺 読 書
室牧 砂川大愿 法流寺 明治初年 読 書
仁歩 友山力道 真通寺 天保5年 明治6年 男二十七名 女三名 読 書 明治五年調
野積 布谷 渡辺佐五兵衛 十村 読 書 算
同右 同右 光現寺 二十余名 読 書 冬季のみ
同右 乗嶺 平野伝兵衛 十村 読 書 算
同右 上ケ島 光西寺 二十余名 読 書 冬季のみ
同右 東川倉 善福寺 二十余名 読 書 冬季のみ
同右 青根 浄明寺 二十余名 読 書 冬季のみ
同右 東葛坂 専念寺 二十余名 読 書 冬季のみ
卯花 上黒瀬 掛畑の寺子屋
同右 茗ケ原 妙覚寺
同右 光雲寺
旧富山市域
西三番町 小西家 臨池居 藩儒 明和3年 明治32年 男六百名 女二百名 読 書 算他 明治三年頃調
清水町 竹村氏 士分 藩政末期
同右 近藤士専 士分 藩政末期 読 書 漢籍 連歌宗匠
常盤町 田近家 元治 百名 読 書 高橋篤へ移譲
五番町 朝倉藤太 士分 藩政末期
中町 久保氏 士分 藩政末期
荒町 小柴氏 士分 藩政末期
木町 尾山屋 藩政末期
星井町 西村氏 士分 藩政末期
中野西横町 浅岡氏 士分 藩政末期
山王町 北川正賀 士分 藩政末期
七軒町 臼井氏 士分 藩政末期
相生町 永井氏 士分 藩政末期
平吹町 市田拙庵 萬屋 二百三十名
舟橋今町 森田家 森林堂 士分 寛延5年 明治5年 男百九十名 女六十名 読 書 算 明治四年調
藤井町 木屋 天保5年 明治5年 男百五十名 女五十名 読 書 明治四年調
八人町 塩谷氏 明治6年 書 明治6年4月龍雅小学校
南田町 酒井氏 士分 藩政末期
覚中町 松本氏 士分 藩政末期
千石町 浅野氏 士分 藩政末期
梅沢町 応声寺  藩政後期 顕彰碑は空襲で表面剥離
御福新町 松井氏 士分 藩政末期
広徳館か 菊園 藩主側室 女児 読書 針 茶
稲荷町 勝山氏
同右 舟田氏
同右 杉江藤吉 士分 藩政末期
上金屋町 横山氏
川原町 上野家 鳴泉草堂 医者 明治初年
奥田 壮厳寺 明治6年
百塚 岡部武右衛門 読 書 算
同右 宮尾 内山年彦 柳原草堂 十村 明治初年 読 書 算
金山新 窪美家 医者 四十名 読 書 明治5年3月柳原草堂と合流
八幡 嵯峨家 八幡神社 明治初年 五十名 読書 漢籍
草島 愛宕新 森岡安兵衛 明治初年 二・三名 書 夜学もあり
四方 浦屋徳右衛門 天保 読 書算
同右 栂野一昌 寳山堂 天保4年 明治6年 男百六十名 女四十名 読 書 謡曲 明治五年調
同右 石井治右衛門 読 書 算
岩瀬 沢田家 元禄 明治6年 男五十名 女二十名 同族2家で分担
同右 中山忠吉 明治6年 五十名 梅本町天満宮前
同右 西岩瀬 土屋 書 算
同右 米沢屋 書 算
同右 東岩瀬 大嶋屋 藩政後期
同右  野中屋平兵衛  天保頃   
西水橋 松倉屋伝六 読 書 算
同右 辻ケ堂屋久兵衛
東水橋 上野屋長右衛門
同右 竹山屋 文化 二代
同右 岩城宗寿 医者 文化
三郷 小路 新井弥助 元僧侶 読 書
同右 沖 酒井弥三 天保 新井弥助の門弟
同右 岡田泰仲 医者 明治前後
同右 野沢伝助 明治前後
同右 市田袋 金森家 金剛寺屋
同右 新堀 勘右エ門
同右 原恒意 医者 明治前後 読 書 算
同右 一田中 長安
同右 森又平 明治前後
同右 開発 七郎兵衛 藩政末期
同右 高堂 藤城清右エ門 明治前後
同右 金尾新 山岡善右エ門 明治前後
上条 小出 菅野家 毫照寺 明治初年 三十〜四十名 書 算 三代
同右 高寺 水上源七 書
押上 紫家 誓教寺 明治初年 二代
新保 四津谷彦十郎 嘉永 明治6年 計数百名
同右 福居 若林快雪 士分 文久3年 書
熊野 宮保 横腰家 熊野神社 二代
同右 林崎 岡田甚蔵 明治2年 同6年 三十名
同右 上熊野 野上祐覚 浄蓮寺
同右 藤守聞信
同右 下熊野 寺島氏
同右 金屋 西野清四郎
同右 石田 石渓鶴寿 教蓮寺
同右 村林円右衛門
同右 高安六兵衛
月岡新 笹岡家 樫年堂 神職 元禄元年 明治6年 男百七十名 女十五名 読 書 算 明治四年調
同右 中土家 天保 弘化2年
開発 法輪寺 尼寺 藩政末年 明治5年 通称トエラ先生
小屋島 後藤豊蔵 藩政末年 明治5年
大坪 牧野小七郎
椎土 松本泰造 医者 明治初年 読 書 漢籍
中老田 田中可成 文化11年 天保10年  百三十余名 読 書 算
同右 真野成次 嘉永頃 明治元年
同右 森田清風 明治元年 同5年
寒江 大塚 滝口四郎兵衛 十村 二十〜四十名 読 書 算
同右 龍口源七郎 二十〜四十名 読 書 算
同右 住吉 石川源吾 明治初年 二十名 読書 算
同右 中沖 嶋倉与茂三郎 明治以降
長岡 恒田宇平
同右 与次右衛門
同右 舟橋新 辰巳貞斉 医者 明治初年 読 書
呉羽 小竹 加納九郎右衛門
同右 報恩寺
同右 若宮家 姉倉姫神社
同右 高木 妙万寺
広田 新屋 平岡森栄 神職 明治初年
同右 鍋田 堀江家 肝煎 明治初年 読 書 漢籍
新庄 山田秀平 明治6年 百五十名 読 書 算
同右 新町 盛田与四右衛門
新庄新町 安藤屋市右衛門 元禄17年
荒川四軒 竹内常右衛門惟直 山廻足軽 明治初年 書 算 画
神明 下野 大花入蔵 太源寺 文久元年 明治6年 四十名 読 書 算 農閑期
上市町
上市 山本家 明治13年 二代
同右 酒井三良兵衛 明治5年
同右 吉永甚吉郎 明治5年
同右 池田嘉市郎 明治5年
同右 亀谷家 医者 明治初年 同15年 読 書 漢籍 二代
同右 広田家 医者 明治初年 読 書漢籍 二代
同右 若林一萬 医者
同右 山田玄東 医者 読 書 漢籍
同右 郷田繁治 文久 慶応3年 数十名 萩中門弟
横越 増田与三左衛門 天保 文久3年 六十名
神田 結城豊次 十村 文化
稗田 谷口静一 十村手代 明治初年 読 書
柿沢 桝田喜七郎 戸長 明治初年
同右 吉田観竜 明治初年
相ノ木 中川庄三郎
向神田 山崎長兵衛
新屋 萩中宗貞 医者 明治6年 五百名
舘 高峰守斉 医者 明治6年 読 書 算
黒川 花崗天龍 本覚院 明治5年
大岩 春山一覚 日石寺 明治初年 立山日置寺
湯神子 藤田作 明治初年 立山日置寺
立山町
寺田 沢端新 河本順安 医者 藩政末年 読 書 算
同右 吉田貞斉 医者 藩政末年 読 書 算
同右 浦田 松井次郎右衛門 天保 明治初年
同右 極楽寺 松沢次郎四郎 天保 明治初年
同右 林幹 明治初年
同右 原恒順 明治初年
同右 深見安次郎 明治初年
同右 池田厳 明治初年
同右 金岡吉弘 明治初年
同右 寺田新 松井温山 明治初年
同右 下田 岡本六右衛門 明治初年
高野 東野 窪美家 安政 明治6年 三十名 三代
同右 江崎新 平井重右衛門 明治初年
同右 沢新 村崎勇三郎 医者 明治初年 書
同右 米沢新 林弥五平 明治初年 書 算
上段 上宮 平野家 満法寺 明治5年 二代
同右 大畑家 宝暦 二代
同右 日中 白井関兵衛 文久2年 明治4年 男女三十名
同右 杉谷専之丞 日置寺 明治初年
同右 西田作平 日置寺 嘉永 明治初年 一書喜三郎
同右 久田錬兵衛 日置寺 明治初年
同右 浅井昌博 日置寺 明治初年
同右 稲垣兼太郎 日置寺 明治初年
同右 塩野元達 日置寺 明治初年
同右 酒井憲三 日置寺 明治初年
下段 長谷川嶂雲 金剛寺 明治初年
釜ケ渕 米道 龍雲 善入寺 藩政末年
同右 野村 中邨主一
大森 野島平三郎 藩政末年
同右 西大森 元智令厳 信行寺 明治5年 読 書
同右 蔵本新 北村伝吉 肝煎 明治初年
同右 三塚新 三鍋三郎右衛門 明治初年
利田 塚越 日水芳郎 明治初年
同右 石田 藤田謹之進 明治初年
五百石 松本 酒井周斉 明治5年 読 書
同右 菅野深證
同右 草野 相良頼温 明治初年
同右 道新 野島周蔵 明治初年
同右 菰原 明治初年
同右 外沢端新 藤木養堂 明治初年
同右 大窪 石原兵作 明治初年
東谷 白岩 畔田弥平 明治初年 夜学
同右 中岩伝吉 明治初年 夜学
同右 谷井平右衛門 明治初年 夜学
同右 松岩是数 正恩寺 明治初年 夜学 一書広証
同右 虫谷 織田宗兵衛 明治初年 夜学
同右 四谷尾 浅尾令雲 極楽寺 明治初年 夜学
同右 松尾甚兵衛 医者 明治初年 夜学
同右六郎谷 翁家 医者 藩政末年 二代
立山 道痴 岩峅寺 天保 読 書
同右 佐伯家 岩峅寺 安政2年 明治5年 二十名 読 書 算 二代
同右 日光坊 佐伯真永 芦峅寺 明治初年 日光坊52代
同右 明星坊 知白翁 雄山神社
舟橋村
竹内 稲田六三郎 測量方 明治初年 書 算
竹鼻 竹瀬与四郎 明治初年
滑川市
滑川 松上四郎右衛門 医者 元和
同右 上野與三郎 町役人 元和
同右 河瀬屋甚吾 町役人 元和
同右 大掛屋三郎右衛門 町役人 元和
同右 四歩一屋甚左衛門 町肝煎 元禄 浦方
同右 三宅屋源右衛門 元禄
同右 高野屋庄九郎 町肝煎 元禄 書 算 宿方
同右 河瀬屋多十郎 町肝煎 文化 文政 浦方
同右 専光寺屋善七 文化 文政
同右 江尻屋吉兵衛 文化 文政
同右 山本(田中の山本) 文化 文政
同右 沖田屋茂助 文化 文政
同右 高月屋新四郎 組合頭 文化 文政
同右 櫛屋玄了 町肝煎 文化 文政
同右 武津屋和七郎 町役人 文化 文政
同右 今尾屋重助 男女 読 書
同右 高階義行 長泉寺 明治初年
同右 成瀬伊右衛門 市江屋 明治38年 読 書
同右 大態善吉 大正
同右 川越屋
同右 金看板屋
同右 井波屋與兵衛
東加積 岩城秀一郎
黒部市 旧黒部市域
三日市 峯村家 十村手代 天保 明治5年 百六十名 読 書 二代
同右 桜井早苗 神職 藩政末
生地 東五左衛門 板屋 嘉永 文久 六十七名 書 算
同右 車屋吉右衛門 慶応 百名 読 書 算
萩生 山原松兵衛 天保 明治初年 書
旧宇奈月町域
浦山 善巧寺 明治6年 書 夜学
同右 願蓮寺 明治7年 書 夜学
魚津市
東小路 沢田家 足軽 天明8年 明治初年 男百名 女三十名 書 算 享和二年調
同右 加藤家 足軽 文政 男百十名 女二十名 書 算 二代
同右 加藤家 足軽 嘉永 男百名 書 算 二代
同右 戸島吉太夫 足軽 嘉永 男八十名 女十名 書 算 沢田家門弟
同右 高田従兵衛 足軽 弘化 男九十名 女八名 書 算
同右 吉田与三右衛門 足軽 嘉永 万延  男七十名 女十名 書 算 沢田家門弟
紺屋町 永田丈左衛門 足軽 寛政2年 文化3年 男八十名 女七十名 書 算 文化二年調
同右 小塚数右衛門 足軽 弘化元年 文久元年 男九十名 女六十名 文久元年調
片貝 山女 山越弥次右エ門
同右 島尻 小林小兵 天保
同右 伊藤刑部 黒部奥山廻役 明治初年 男六十名
同右 東城 城岡太右エ門
布施爪 佐々木徳右衛門 明治5年 同6年 書
下野方村本江 大地亮一 明治初年
浜経田 雄次郎 安政頃
同右 小宮儀右衛門 藩政末年
熊林村 椎名三郎 明治初年 六十名
朝日町
大家庄 高田硯安 医者 明治6年
泊 大円 松林寺
宮崎 籔の下 九里東太由 明治前後
同右 扇谷助松 明治前後
同右 笹川 小林三郎左衛門 明治前後
同右 正覚寺 明治前後
同右 勝田忠造 明治前後
入善町
舟見 一瓢 念興寺 天保 合計六十三名
同右 藤川五郎兵衛 天保11年 明治5年 三十名 書 算 一瓢門弟
同右 坂本玄仙 医者 安政元年 明治4年 二十名 読書 一瓢門弟
同右 脇坂長蔵 山廻 天保10年 安政3年 男十五名 読 書 算 一瓢門弟 安政2年調
青木 中塚長助 天保末年 明治初年
上原 光林 正覚寺
下飯野 善称寺
飯野 道増源兵衛 農業 嘉永 明治6年 読 書 算 光林と一瓢の門弟
小摺戸 長谷川弥左衛門 農業 嘉永 明治初年 三十名 読 書
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第五章 明治維新後の教育行政


文部省設置と学校設立
 慶応三年十二月九日朝廷は将軍徳川慶喜の辞職を許し、王政復古が宣言された。翌年一月に鳥羽伏見で旧幕軍は敗れ、ここに約七百年続いた武家支配、徳川家康以来約二百六十年続いた幕藩体制は完全に倒壊した。
 三月五箇条の御誓文で今後の方針が指し示された。直ちに京の学習院が再興され、皇学所と漢学所を創設し、「国体を弁明し名文を正し」「漢土西洋の学を以て共に皇道の翼」となることが宣せられた。 
 明治二年東京の昌平黌を大学と改称して全国の教育行政を統べさせると共に、皇漢両学所を廃した。更に開成所を大学南校、医学所を大学東校に改め、京都に小学校を設けた。府県には「府県施政順序規則」を頒布して小学校の設置を命じ、読書算で手紙や計算の知識を教え、講談で忠孝の思想を与えるべきことを説いた。そこで全国に暫定的な変則学校が設立されていく。その多くは寺子屋等からの移行であった。
 三年二月大学規則と中小学校規則を発令、東京に小学校六校が設けられた。
翌年七月大学を廃して文部省を設置し、廃藩置県に伴い府県の学校も統括下に入れる。初代文部卿には大木喬任が就任、五年八月太政官布告で学制が頒布された。
以後フランスの制度を範に、本格的な校舎・教科書・学習計画を持った学校が作られていく。一方寺子屋は激減し、過渡期の措置として小学私塾の扱いで存続が認められるが、学制に則ることを必須とした。やがてわずかな私塾や未就学者のための塾を除き、姿を消していくことになる。
寺子屋・私塾の統制
 四年十一月の布告で全国各府県の学校を統括下に置いた文部省は、翌五年三月十四日の文部省第六号付達で
「但府県学之外皆私塾トス。唯一家或ハ二家迄子弟ヲ教候者ハ家塾ニ属シ候間私学之数ニ算入セス」
と私塾を定義付けた。学制案は六月の太政官裁定を経て、八月三日文部省第十三号付達により全国へ頒布されると共に、太政官布告第二百十四号「学事奨励に関する被仰出書」で念を押している。その一方で私塾に対しても統制に乗り出す。九月二日文部省付達第二十四号で「第四十三章ノ末左ノ但書ヲ加フ。但家塾ハ地方官ニテ之ヲ聞キ届毎年二月八日取集メテ督学局ニ出スヲ法トス」と規定する。これに則り、十月二日文部省付達第三十号で私学・私塾の開学を許可制とした。
新川県の場合 富山藩では明治維新以後も生徒の留学を継続させた。大学南校への留学生は士族入江鷹之助、千秋一郎、林志藝二、高畠里美、佐々間多、卒の磯部四郎(大参事林太仲の実弟)である。西京(京都)への遊学生は士族田尻虎雄と高澤誠で、獨逸学を専攻した。自費留学生は士族富田快山と平民庶人卒二十名がいる。
 廃藩置県以後、富山県は七尾県の一部を併せて、五年九月二十五日新川県に改組される。教育機関として小学校が設立され、中学校は正則中学校である明治十八年の富山県中学校創立まで変則中学校(文部省の教則で授業する学校)であった。六年に井波で私立変則中学校の設置が認められ、十年に致遠中学校が富山町に設立される(生徒減少で十三年二月休校)。その他に、商業教育のため十八年私立富山英語学校(富山市、英語・簿記等)、十九年鳳崗学校(高岡市、物理・簿記・算術)、二十三年富山簿記学校(富山市)、二十四年北陸簿記学校(富山市)が設けられ、私立英学会が富山、高岡伏木、滑川にできている。
 小学校に関し、新川県は六年一月学制実施の告諭、七月学区・学校の設置計画策定、九月小学校生徒心得を受け、十二月に新川県小学教則を制定する。しかし就学率は寧ろ藩政時代より低下したようである。六年の人口六十二万九千四百五十四人の内学齢は十万三百三十五人であったが、就学者は二万三千九年四月四百一人であり、就学率は二三・三二%(全国二八%)である。翌年は就学者が二万七千九百八十六人で、就学率が二十七%(全国三十二%)、内訳は男二万四千二百八十二人・就学率四十六%(全国四十六%)であるが、女三千七百四人・就学率七%(全国十七%)にすぎない。理由の一つには授業料を徴収すると発表したことにある。実際は八年で県内三百二十二校中徴収したのは四十四校のみで、あとは寄付金で成り立っていたのであるが、寺子屋では特に定めを設けなかったのであるから、印象は良くない。寺子屋から小学校に移行した所ではそれほどの心理的抵抗はなかったであろうが、改めて設けた場合には師弟関係が薄いため出席率も低くなるであろう。また半年や一年で来なくなる地区も多かったという。
 六歳から下八〜三級までの三年間は義務、下二〜上五級の三年間は任意であり、上四〜一級は四年の夜学であった。一月と夏休みの後に各々入学期を設け、年齢が過ぎた者も八級から始めさせた。六月と十二月に進級試験があった。なお転学は認められなかった。 
 文部省は全国を八大学区に分け、一大学区は三十二中学区とし、新川県は五中学区に分かれている。一中学区には二百十小学区があった。十二年九月の教育令でこのような学区制が廃止され、町村単一または連合で設置することになった。就学年齢は六歳から十四歳で、その内義務を十六ヵ月としたが、十三年十二月の改訂では義務三年に戻す。十四年五月三等に分けて初等と中等が各三年・高等二年で、義務は初等のみとする。学区と行政区画にズレがあったが、十七年頃には是正される。十九年四月森有礼文部大臣は小学校令を布令し、尋常・高等各四年に分けて義務を尋常四学期(現在の学年)と定める。これで初等教育の形はほぼ完成をみた。
●学制の変遷
明治五年八月文部省(正則) 
 下等六歳〜九歳四年 
 上等十歳〜十三歳四年 
六年新川県学事取調書 
 実態に合わせ正則(町用)ではなく変則(村用)を採用する。 
九年四月新川県学規 
 下等小学校をそのままにし、上等小学校を各一大区に一校、別に男児の就学困難者のために季節制の夜学を設けた。
十二年一月石川県小学科準則 
 簡易速成科 三年、六等級、 
 一日三時間 
 下等小学 四年、八等級、 
 一日三・四時間 
 上等小学 四年、八等級、 
 一日五時間 
●学制頒布に基づく小学校設立の告諭
明治六年一月
 明治六年一月学制二基キ管内毎大区二一小学校ヲ設立セ
ンコトヲ告諭ス其略二日ク今般学制ヲ発行シ普ク子弟ヲシテ学術ヲ勧励セシメラル、所以ノモノハ各自其天賦ノ知識ヲ発舒シ才芸ヲ長進シ大ハ以テ天下有用ノ器トナシ小ハ以テ一家ノ営業ヲ盛昌ニシ将来人生ノ幸福ヲ全フセシメ給ハンカ為ナリ是ヲ以テ全国ヲ分チ八大学区トシ一大学区ヲ分チ三十二中学区トシ一中学区ヲ分チニ百十小学区即チ全国ヲ通シテ五万三千七百六十小学校トス由是観之本県ノ如キ亦大凡中学十校小学二千百校ヲ設クヘキノ比例ナリ然シテ県下今日ノ勢二就テ之ヲ論スレハ則其十分ノ一モ猶旦置クヘキコト難キモノアリ雖然教育ハ土地開化ノ一大要事ニシテ須臾モ忽セニスヘカラサレハ木県其実際ノ情勢ヲ斟酌シ先ツ学制大凡百分ノ一即チ毎大区ニ一小学校ヲ置ントス其レ区戸長等管内人民ト協同商量シ学校ヲ設クヘキ至便ノ地ヲ撰ミ以テ開申スヘシト尋テ各区々戸長等ト謀リ小学校ヲ置クヘキノ地ヲ定メ未タ学舎アラサルノ地ハ仮ニ寺院等ヲ貸リ以テ学校二充ツ其地名ヲ左ニ開列ス
第一大区 第二大区 入膳村
第三犬区 生地村 第五大区 水橋町
第六大区 上市町 第七大区 東岩瀬
第八大区 下大久保村 第十一大区 四方町
第十二大区 愛宕町 第十三大区 八尾町
第十四大区 下村 第十五大区 小杉新村
第十六犬区 吉久新村 第十七大区 湶分村
第十八大区 高岡町 第二十大区 氷見町
第廿一大区 加納村 第廿二大区 戸出村
第廿三大区 福岡町 第廿四大区 今石動町
第廿五大区 杉木新町 第甘六大区 井波町
第廿七大区 福光村
〔石川県史料九十旧新川県誌稿三 国立公文書館内閣文庫蔵〕
●明治十年就学率(「文部省年報」)
富山七六・六三% 新湊七〇・四八% 高岡六三・四五% 井波六二・三〇% 福光五六・七二% 氷見五四・七四% 東岩瀬四九・一三%
城端四六・六二% 滑川四四・〇二% 泊三九・九八% 魚津三二・七六% 福野三一・四七% 今石動二三・一一% 平均五〇・〇三%

posted by ettyuutoyama at 18:31| Comment(0) | 歴史講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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